30年を経て再会したチョーさんに僕は咆哮のような感謝と感動を覚えている | ABYSS 〜 アビス 〜

30年を経て再会したチョーさんに僕は咆哮のような感謝と感動を覚えている

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「たんけんぼくのまち」をご存知だろうか。

この記事は徹頭徹尾、チョーさんに捧げる賛歌である。最初から、最後まで、「チョーさんありがとう!」を通す。それしか言わない。そのための記事だ。彼が素晴らしすぎた。彼が成したこと、成していることが、僕の血潮を大きくうねらせた。心臓から爆発したそれは肺を通り、脳を振動させた。そして声として表されたそれは、やはり「ありがとう」という言葉だった。

彼が僕に与えたのは小さな、本当に小さな影響だと思う。だがいまになって分かる。僕の全細胞どこかに、心の綾織のどこかに、彼がひょっこり隠れていて、人生を支えてくれた。困難を浴びて部屋で一人苦しんでいるとき、心の中から現れ、静かに僕の背中をさすってくれた一人。それこそが彼だった。もう一度聞く。「たんけんぼくのまち」をご存知だろうか。

「たんけんぼくのまち」はNHK教育で1984年から放送されていた教育番組の一つで、チョーさんはその主人公だった。(NHKアーカイブス)放送していたのは平日の9時か10時かその辺だったと思う。学校をサボらなければ見られないその時間帯になぜ教育番組を放送しているのかいまだもってはなはだ疑問ではあるのだけれど、僕はそのNHK教育番組が大好きだった。僕が幼稚園から小学生にかけて放送していたその時間帯の番組の主題歌を僕はまだ、いくつか歌うことができる。「さわやか3組」などはその代表格で、15分番組だと思ったが、オープニングの時間がそれなりに長い特徴を持つ番組だった。

チョーさんはその「たんけんぼくのまち」の番組のなかで、「チョーさん」となり、自らの住む街の興味惹かれるところ、面白いところを実際に巡り、番組の後半でそれら街の特徴を手書きの地図に書き下していた。番組の終わりにそれらを見て、今日はこんなことがあったね、こんな楽しい街だね、と振り返るわけだ。その地図はチョーさん自身が時間をかけて描いていたという。

家や森林、チョーさん自身のイラストが添えられて、いまで言うマインドマップに近しい雰囲気を持つそれらの地図は、なじみやすく、分かりやすい表現方法だった。身近なところにも知らないこと、不思議なことはたくさんあって、少しだけていねいに街を見るだけで楽しくなれる。そういうことが温かく伝わるものだった。

そのころのチョーさんは、僕らと世界をつなげる代理の神経だったのだ。演技とは思えない彼の素朴な挙動は、自然と僕らの手と手、目と目をつなぎ、チョーさんが見ているものは僕らが見ているものだった。チョーさんの感動や驚きは、彼を通して僕らに純朴なもの、日常の大切さを教えてくれた。そもそも「チョーさん」とはこの番組の役名で、もともとの彼の芸名は長島雄一、本名は長島茂さんなのだが、いつからか長島さんは「チョーさん」と名前を変え、いまも活躍されている。

しかし実のところ、僕は白状しなければならない。大人になったいま、僕は彼のことを忘れてしまっていた。ずっと忘れていたのだ。「たんけんぼくのまち」の主題歌を僕はいまでも歌うことができる。ずっと覚えている。でもチョーさんのことは忘れていたし、彼がどのような経歴を30年たどってきたのかを僕は見ていない。長島さんがどのような思いで「チョーさん」そのものになったのかを僕は見ていない。番組の内容自体も僕はほとんど忘れてしまっている。

僕は彼のことを何も知らないし、ファンだったというわけではないことを、白状しておかなければならない。だからこの記事を書くにあたって、チョーさんのことを調べ直した。「たんけんぼくのまち」は8年という長寿の番組だったが、1992年に放送を終了している。僕はそのことも知らなかった。彼はずっと僕の思い出の奥底にいただけで、意識上に明確に現れることはずっとなかった。そう、彼は僕の楽しい過去の一部になっていた。小学生だった僕も、まごうことなき中年になった。

そして一年前、僕は娘を授かった。

某Web企業も従業員の平均年齢が上がってきたのかベビーラッシュだというが、僕もその例に漏れず、子どもを授かるという驚くべき恩恵に浴することができた。忙しない日々の中でも、娘と過ごす時間は格別だ。赤ちゃんって発狂するんじゃないかってくらい泣くんだとか、気をつけてないとダラダラ吐くとか、30分ごとにおむつ変えるんだとか、親の愛は無条件だというけれど子どもも無条件に親が好きだとか、小さい手やぷにぷにしたほっぺた、よくぶつけちゃう頭、この一年×娘の体積全てが人生の宝物になった。

朝、僕が仕事に行くころ、娘はテレビを見ている。一歳そこそこの彼女が無心にまばたきも忘れて魂を奪われている番組、それはNHKの「いないいないばあっ!」だ。どうすればあそこまで子どもの心をわしづかみにできるのか分からないけれど、とにかく全ての幼児はたぶん「いないいないばあっ!」が大好きだ。娘と同じくらいの年齢の甥も、やはり心を奪われたように番組を見る。あまりにも奇っ怪な求心力を持っている番組だ。親としては助かっている。

その番組に「ワンワン」というメインキャラクターがいる。文字通り犬を模して大きな鼻に大きな目、緑色の垂れた耳、ふさふさの毛に覆われた、番組を代表する人気キャラクターだ。随所でワンワンに由来するバラエティ豊かなコーナーを持ち、楽しげに喋り、無邪気に踊る着ぐるみである。「いないいないばあっ!」はワンワンなしには成り立たない。娘もワンワンが大好きで、ぬいぐるみも持っている。

その着ぐるみの声をチョーさんが担当していることを最近知った。

僕は妻にそのことを聞いて、まず懐かしさがこみ上げた。そうだったのか、「たんけんぼくのまち」のチョーさんは声優になって、いまも子どもたちに触れ合ってくれているんだな。確かに幼児向けの番組なのに、いちいち達観したワンワンのセリフは大人も愉快で和んでしまう。あとで知ったことだが、チョーさんは確かに声優をしていて、例えば「ONE PIECE」のブルックの声はチョーさんだ。そうだったのか。ヨホホホ〜。

だ、が。

「いないいないばあっ!」を見ていればすぐその違和感に気づける。ワンワンの行動と、チョーさんの声があまりにスムーズすぎるのだ。ワンワンのリアクションは完全に行動とマッチしていて、例えばよくある「着ぐるみがセリフを発するのを待つ間」のようなものが一切ない。行動と声が寸分ずれることなく、子どもたちと自然に優しく触れ合っている。

そう、声だけではない。

ワンワンの中には、チョーさん本人が入っているのだ。

その情報にたどり着いたとき、僕は叫びたいくらいの感動を覚えた。20kgはあるというワンワンの着ぐるみを着て、スタジオを、自然を、イベント会場を縦横無尽に駆け回り、時にハァハァ肩で息をしながら、それでも激しく踊り、楽しげに歌う。子どもたちを抱きしめ、みんなに大好きだと伝え、これまでの経験で培った絵を描き、足元に群がる子どもたちに気をつけながら、大人も楽しめる言葉を自然に選び、圧倒的な安心感で周囲を包み、踊り、歌う。

「テレビの前のみんなー!」と言いながら。みんなのために。子どもたちのために。見えるのだ。着ぐるみの中にいる彼の満面の笑みが。彼はいくつだと思う? 60歳だ。60歳を迎えてもなお、子どもの世代がいくつも変わり続けてなお、彼はこの生き様を続けてきたのだ。僕には信じられなかった。その優しさも体力も信じられなかった。ただただ、偉大な人間性だと心が震える。

本人もそこまで気負っていないのかもしれない。たぶん単純に楽しんでいるのだろうし、そうであって欲しい。だが、できるものなのだろうか。60歳になって20kgの着ぐるみを着て動き回り、あんなに底なしの優しさで周囲を包むことが。体力づくりのために毎日10km走っているという日常をいまも過ごすことが。彼は気負っていないのかもしれないが、彼自身がなんと言おうとも、人に優しい影響を与えている。この30年あまり、ずっと人へ、子どもたちへ、優しさと温もりを与え続けた。30年前に僕へ。そしていま、僕の娘へ。

僕が忘れてしまっていたように、いつか娘もワンワンのことを表面上忘れてしまう日が来るだろう。娘はチョーさんのことを直接知らないまま、成長していくだろう。いまワンワンのことを大好きな子どもたちも、みんないつかはそうなるだろう。

しかし長い時間が経ったあと、かつて子どもだったその人の中に、心の中の優しさや安心感のそばに、きっとチョーさんやワンワンが笑顔で手を振っているはずなのだ。チョーさんは人の心を作る。その尊い仕事をずっと、粘り強く、ずっと、ずっと笑顔で続けてきてくれた。これからも続けてくれるのだろう。感謝しかない。

僕はチョーさんに、強い感謝と感動を覚えている。

ありがとう。

これからも娘と見ていきます。
 
 
 
<おまけ1>

僕が「いないいないばあっ!」で神回だと思っているのは、DVD「いないいないばあっ!ほめられちゃった」に収録されているTV未放送「ジャンジャン ジャンコとあそぼう!」です。ワンワンがヘロヘロになりながら大人気なくゲームで勝ちを取りに行く姿が見られて大人でも楽しめる作品です。

<おまけ2>

AREA dot.でチョーさんがインタビュー受けていました。リンク先の動画が泣けるのでぜひ。

「たんけんぼくのまち」から34年、チョーさんから“大きくなったお友だち”へ
https://dot.asahi.com/dot/2018043000025.html