恋愛スパイラルから抜けだす「愛の試練」 〜愛と性の指南書『中学生からの愛の授業』から学ぶ〜 | ABYSS 〜 アビス 〜

恋愛スパイラルから抜けだす「愛の試練」 〜愛と性の指南書『中学生からの愛の授業』から学ぶ〜

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先日、女性に連絡先を聞いたら「Instagramのアカウントなら教えてあげる」と言われました。
どうもこんにちは、ハチです。先週からInstagramはじめました。

さて、今回で5回目をむかえる男性必見の連載企画「ハチの本読んでラブゲッチュ」。

ハチの本読んでラヴゲッチュ
「理論を先行させるよりもまず行動」をモットーにしてきた私が、理論的に「モテ」を理解することができれば、圧倒的なモテを手に入れることができるのではないかと考え、「恋愛」に関連した古今東西の名著やベストセラーを読み、さらにこのブログでアウトプットするという連載企画。

 

これまでは男性向けのモテナレッジ本や、女性向けの恋愛本などを読んで、過去の自分の経験と照らし合わせながら「モテ」について考えてきました。そのなかで、「何が幸せな恋愛なのか」という問題にぶつかり、モヤモヤとしていました。

そこで今回は少し趣向を変えて、「幸せになるためにはどうすれば良いか」や「愛とは何か」といったことが書かれている『中学生からの愛の授業 学校が教えてくれない「愛と性」の話をしよう』という本を読んで、「恋愛」について考えてみました。

人の幸せには「愛」が必要?

本書は、社会学者であり凄腕のナンパ師でもあった宮台真司氏による「愛と性の指南書」として2015年に出版されました。なお、2010年に刊行した書籍『中学生からの愛の授業』(小社刊)を加筆・修正したもので、単行本『中学生からの愛の授業』の前半部分だけを新書化したものです。

この本では「愛とは何か」「愛をキーワードにすると、人間関係や世の中がどう見えてくるのか」といったことを、女子中学生に対する個人授業という形式で書かれています。

大きなテーマとして「人の幸せ」を取り上げており、冒頭では次のような記述があります。

「愛」に包まれることで人は幸せになれます。
(出典:宮台真司『中学生からの愛の授業 学校が教えてくれない「愛と性」の話をしよう』8ページ)

ただ、内容としては「なぜ幸せになるためには愛が必要か」といったものではなく、主に「愛がなくなってきている理由とその対策」について書かれています。

それに付随して、晩婚化や非婚化、セックスレス、援助交際などの社会問題についても取り上げられています。

恋と愛の違い

本書では、まずはじめに「恋」と「愛」の違いについて言及しています。

「恋」は俗で一般的。「愛」は神聖で道徳的で永遠に続くもの。そんな区別があると言えるかな。「恋」はトキメキ、「愛」は永遠、って感じかな。
(出典:宮台真司『中学生からの愛の授業 学校が教えてくれない「愛と性」の話をしよう』13ページ)

その上で、最近は「愛」がなくなって「恋」だけになってきている、と続けています。別の箇所では「恋愛のテンションが低い」とも書かれています。

つまり、昔(著者が若かりし頃)と比べると、恋愛が希薄化していると……

 

その根本的な原因として「経験不足」が挙げられています。経験値を高めることで免疫力を高め、自己形成ができ、感受性を身につけることができるのだと……。そして、それがないからこそ、「恋」が「愛」に発展せずに、非婚化やセックスレス、果ては浮気や不倫などに繋がるのだ、と書かれています。

 

確かに、経験不足は重要な問題であるように感じます。最近増えてきている「草食系男子」も、経験ではなく情報を重視してしまった結果産まれた産物と言えるかもしれません。もちろん、それが悪いと言うわけではありませんが……

さらに、経験がないからこそ生まれる「もっといい人がいるかもしれない」と言うbetterの考え方は、いつまでたっても結婚しない「非婚化」や「少子化」に影響を及ぼしているかもしれないと感じました。

 

ただ、「結婚」や「愛」を目標にする恋愛が果たして正解なのか、という点には少し疑問を感じました。

愛は真心、恋は下心?

現代の社会において、神聖で道徳的で永遠に続く「愛」は果たして本当に必要なのでしょうか。出会いの場も増え、連絡も簡単に取れるようになり、恋愛においてスピードとタイミングが大事になってきているように感じます。

本能的な繁殖戦略においても、男性はより多くの女性を捕まえたいと考え、女性はより良い遺伝子を手に入れるためにチャンスをものにする必要があります。

 

これは、「恋愛が希薄化している」ということではなく、「恋」の重要性や重さが大きくなっているのではないか、ということです。

 

私が学生の頃、彼女に振られたショックから立ち直れずに自殺をした友人がいました。二人の付き合いは数ヶ月で、彼らの関係性は「神聖なる愛」というよりも「お祭りのような恋」だったように感じます。

しかし、だからといって彼の感情は「俗で一般的」で「トキメキ」だけのものではなかったと思います。本気で「恋」をしていたのではないかと思うのです。

 

つまり、昔に比べて「愛」は少なくなったのかもしれませんが、「恋」の形も変わってきているのではないかと思います。

もちろん、短期間で様々な恋人をつくっていくような関係が良いと思っているわけではありません。それではやはり、前々回の記事で書かせていただいた恋愛スパイラルから抜けだすことができないからです。

では、どうすれば「恋」が主流になった現代において「幸せな恋愛」をすることができるのでしょうか。

恋の試練

本書では「真の愛とは何か」を確かめるための手段として、フランスの恋愛文学にある「愛の試練」たる考え方を取り上げています。

「自分には愛する人がいるのに、他の異性とやりまくって、それでも愛は続くのか?」とか「自分の愛する人が、自分以外の異性とやりまくって、それでも思いは続くのか」ってことが、重要なテーマになってるんだ。
(出典:宮台真司『中学生からの愛の授業 学校が教えてくれない「愛と性」の話をしよう』94ページ)

もちろん、上記の試練を実際にやろうとは思いませんが、これこそが本来あるべき姿であり、「愛」や「恋」とは次元が違う考え方なのではないかと思いました。

「相手の幸せが自分の幸せ」と思えることが重要であり、そうすることで相手を愛することができ、尚且つ前回の記事で書かせていただいた「非モテコミット」をせずに済むのではないかと思うのです。

 

自分の進むべき道が見えたような気がします。

経験が必要。

でもそれは、ただ恋ですらない性愛を目的としたナンパではなく、最終的な「幸せな恋愛」のための道のりとしての経験が必要だと思うのです。

しばらく、行動から身を引いて理論を固めていましたが、いよいよ行動にみをうつす時がきました。経験をもって「幸せな恋愛」を見つけるために……

次回は、改めて自分の尻に火をつけるため、経験を重んじる本『究極の男磨き道 ナンパ』を読みたいと思います。